歴 史

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自然災害の歴史

| 地 震 | 飢 饉 | 火山噴火 | 台風・竜巻・豪雨・洪水 | 黒潮大蛇行 |

年 月項 目内容・元首(江戸以降)
1847.5.8善光寺地震(M7.4) 徳川家慶
1854.7.9伊賀上野地震(M7.0) 徳川家茂
1854.12.23安政東海地震(M8.4) 徳川家茂
1854.12.24安政南海地震(M8.4) 徳川家茂
1854.12.26豊予海峡地震(M7.4) 徳川家茂
1855.3.18飛騨地震(M6.8) 徳川家茂
1855.11.11安政江戸地震(M6.9) 徳川家茂
1856.8.23安政八戸沖地震(M7.5) 徳川家茂
1858.4.9飛越地震(M7.1) 徳川家茂
1894.7.25日清戦争(-1895.4)朝鮮半島(李氏朝鮮)。日:死傷17,069人、清:死傷35,000人。日清講和条約。伊藤博文
1896.6.15明治三陸地震(M8.5) 伊藤博文
1904.2.8日露戦争(-1905.9)朝鮮半島、ロシア主権下の満洲南部と日本海。日本:死傷82,847人、露:死傷42,628人、。下関条約の賠償金、三国干渉、桂 太郎
1914.8.23第一次世界大戦(-1918.11)青島の戦い、ドイツ領南洋諸島。日:死傷415人、世界:戦死1600万人、戦傷2000万人。 日英同盟、シベリア出兵、国際連盟の常任理事国. 大隈重信
1923.9.1関東大震災(M7.9)内田康哉
1929.10.24世界経済大恐慌ウォール街。米:失業率25%、英:金本位制の放棄、仏:ブロック経済、日:昭和金融恐慌。 ドイツ賠償金、ゼネラルモーターズの株価が80セント値下、ニューヨーク証券取引所で株価が大暴落. 濱口雄幸
1931.9.18満州事変中華民国奉天(現瀋陽)郊外の柳条湖。日本:死者174人、負傷504人、中国:死者1千数百人、負傷1千人以上。関東軍が南満州鉄道の線路を爆破した柳条湖事件。若槻禮次郎
1933.3.3昭和三陸地震(M8.5)齋藤実
1941.12.8真珠湾攻撃オアフ島真珠湾。米:戦死2402人、日本:戦死9捕虜1人。ルーズベルトの陰謀論.東條英機
1943.9.10鳥取地震(M7.2)東條英機
1944.12.7東南海地震(M8.0)小磯國昭
1945.7.16トリニティ実験ニューメキシコ州アラモゴード砂漠。広島に投下(リトルボーイ)、長崎に投下(ファットマン)を完成。。マンハッタン計画(ナチスの原爆開発に対抗)。爆発実験に使用された人類最初の原子爆弾(ガジェット)を開発。ルーズベルト
1945.8.15無条件降伏米戦艦ミズーリの甲板。日本:戦死1,740,955人(民間393,000人)。原子爆弾。鈴木 貫太郎
1946.12.21昭和南海地震(M8.0)幣原喜重郎
1948.6.28福井地震(M7.1)吉田茂
1951.12.20EBR-I初の原子力発電アイダホ州アルコから南東に29 km。世界初の原子力発電に成功。世界初の原子力発電を行った原子炉というだけではなく、世界初の高速増殖炉である。1964年運転終了。吉田茂
1954.6.1オブニンスク原子力発電所APS-1ロシアとキーフの間、科学都市オブニンスク。世界最初の民用原子力発電所。1基の原子炉が総発電量6MW。2002年運転終了。トルーマン
1957.8.27三宅島火山噴火 吉田茂
1959.9.25伊勢湾台風岸信介
1962.8.24東海村原子炉の点火茨城県東海村。原子炉解体開始(2019)。日本初の商業用原子炉解体(廃炉作業).岸信介
1964.6.16新潟地震(M7.5)池田勇人
1968.5.16十勝沖地震(M7.5)池田勇人
1991.6.3雲仙岳火砕流海部俊樹
1993.7.12北海道南西沖地震(M7.8)宮澤喜一
1995.1.17阪神淡路大震災(M7.3)村山富市
1998.4.5明石海峡大橋開通神戸と淡路島。長さ3,911m。「ベクテル社」. 橋本龍太郎
1999.9.30東海村JCO臨界事故(level4)小渕恵三
2000.10.6鳥取西部地震(M7.3)鳥取県境港市、日野町。死者は無し。. 森喜朗
2000.6.26三宅島噴火森喜朗
2004.10.23新潟県中越地震(M6.8)小泉純一郎
2007.7.16新潟県中越沖地震(M6.8)安倍晋三
2011.3.11東日本大震災(M9.0)菅直人
2011.3.14福島原発事故(level7)菅直人
2014.9.27御岳山噴火安倍晋三
2016.4.14熊本地震(M7.4)安倍晋三
2024.1.1能登半島地震(M7.6)岸田文雄
2025.9.6静岡県最大竜巻牧之原市・吉田町、観測史上最大75m/s。石破茂

地 震

江戸の火事

「火事と喧嘩は江戸の花」という言葉が残り、現代では「火災都市」と呼称されるほど、頻繁に発生した。
大火が頻発し、都市の広大な市街地を繰り返し焼き払った史実は、世界でも類例がないとされる。
江戸の火事は祝融や回禄とも呼ばれ、大火の様相を紅葉に見立てることもあった。
「明暦の大火」「目黒行人坂の大火」「丙寅(ひのえとら)の大火」を江戸の三大大火という。
明暦の大火
1657年3月2-4日
振袖火事。死者最大で10万7000人。本郷丸山本妙寺はじめ山の手3箇所から出火し、両日とも北西風により延焼。江戸の大半が被災し江戸城天守も焼失した。江戸時代最大の被害を出した大火。幕閣の重鎮であった保科正之が資金を市街にと、以後、江戸城天守閣は再建されず。日本橋吉原も全焼、浅草へ移動。江戸の都市計画や消防制度に大きな影響を与えた。
天和の大火
1683年1.25-
八百屋お七の火事。死者830–3500人。駒込大円寺から出火し、北西風により延焼。焼失した武家屋敷241・寺社95。
明和の大火
1772.4.1
行人坂の火事。死者1万4700人行方不明者4060人。目黒行人坂大円寺から出火し、南西風により延焼。焼失した町904。この大火ゆえ「明和九年」は「めいわ九の年」(迷惑の年)と揶揄され、「安永」と改元された。
文化の大火
1806.4.22
丙寅の年に出火したため、丙寅の大火とも呼ばれる。通称車町火事・牛町火事。死者1200人。芝車町から出火し、南西風により延焼。焼失した町530・大名屋敷80・寺社80。

飢 饉

江戸四大飢饉

寛永の大飢饉
1642-1643(寛永19-20), 徳川家光
特に東日本日本海側の被害が甚大
原因:大雨、洪水、旱魃、干ばつ、霜など異常気象と虫害
享保の大飢饉
1732(享保17)、徳川吉宗
中国・四国・九州地方の西日本各地、特に瀬戸内海沿岸一帯
原因:冷夏と虫害
天明の大飢饉
1782-1787(天明2-7), 徳川家治
全国(特に東北地方)
浅間山大噴火とアイスランドのラキ火山等の噴火による冷害
江戸四大飢饉の1つで、日本の近世では最大の飢饉とされる。天明2年(1782年)から3年にかけての冬には異様に暖かい日が続いた。1783年には岩木山と浅間山が噴火し、各地に火山灰を降らせた。火山の噴火は、それによる直接的な被害にとどまらず、成層圏に達した火山噴出物が陽光を遮ったことによる日射量低下で冷害をさらに悪化させることになり、農作物には壊滅的な被害が生じた。このため、翌年から深刻な飢饉状態となった。被害は東北地方の農村を中心に、全国で数万人(推定約2万人)が餓死したと杉田玄白は『後見草』で伝えているが、死んだ人間の肉を食い、人肉に草木の葉を混ぜ犬肉と騙して売るほどの惨状。被害は特に陸奥でひどく、弘前藩の例を取れば死者が10数万人に達したとも伝えられており、逃散した者も含めると藩の人口の半数近くを失う状況になった。飢餓とともに疫病も流行し、全国的には1780年から1786年の間に92万人余りの人口減を招いたとされる。
農村部から逃げ出した農民は各都市部へ流入し治安が悪化した。それ以前の1786年には異常乾燥と洪水が起こっていたことも重なり、1787年5月には、江戸や大坂で米屋への打ちこわしが起こり、江戸では千軒の米屋と8千軒以上の商家が襲われ、無法状態が3日間続いたという。その後全国各地へ打ちこわしが波及した。これを受け、7月に幕府は寛政の改革を始めた。また同年6月御所千度参りが行われると、光格天皇は事態を憂慮し、幕府に賑給(民衆救済のための食糧放出)を申し入れた。これに対して、幕府は米1,500俵を京都市民へ放出する施策を決定した。
天保の大飢饉
1833-1839(天保4-10), 徳川家斉、徳川家慶
全国(特に東北、陸奥国・出羽国)
原因:大雨、洪水と冷夏(稲刈りの時期に雪が降ったという記録がある)

火山噴火

宝永大噴火
1707年12.16:宝永4年に起きた富士山の噴火である。
プリニー式噴火。噴煙の高さが上空20km。噴火がみられたのは富士山の東南斜面であり、合計3つの火口が形成された(宝永山)。
噴出した火山灰の総量は1.7km3と見積もられており、関東一円に降り注いで農作物に多大な影響をもたらした。実際に100km離れた江戸にも火山灰が積もった。
12月31日:夜になって噴火が激しくなる。遅くに爆発が観測され、その後噴火は終焉した。
浅間山大噴火
鎌原村。死者1500人 。天明の大飢饉の原因。
天明浅間山噴火
1783年8月5日に発生した浅間山の大噴火。浅間山史上最も著名な噴火であり、天明の浅間焼けとも呼ばれる
死者1,624人流失家屋1,151戸焼失家屋51戸倒壊家屋130戸余り
御岳山噴火
2014.9.27
死亡58人行方不明5人

台風・ハリケーン

台風の歴史的呼び方
江戸時代では、台風は「颶風(ぐふう)」や「大風(おおかぜ)」と呼ばれていました。
平安時代中期には「野分(のわき、のわけ)」と呼ばれていた。
明治時代には「大風(おおかぜ)」や「タイフーン」とも呼ばれていた。
1956年(昭和31年)に「台風」という表記が定まった。
安政3年の大風災
1856年9.23-24
強い台風が江戸付近を通過し、江戸湾で大規模な高潮が発生した。
死者は約100,000人とされ、日本の風水害によるものとしては過去最悪の被害とされている。
暴風雨による被害に加え、火災が発生した。
築地本願寺が全壊し、浅草三社の前の鐘楼が屋上を吹き飛ばされた。湯島天神の銅鳥居と神楽堂が倒れ、芝の青松寺、本所の霊山寺の本堂なども倒壊した。

昭和の三大台風

室戸台風
1934年(昭和9年).9.21-23、911.6hPa(上陸時)、60m/s(瞬間)以上
高知県室戸岬西方に上陸、若狭湾に出た。死者2,702名、行方不明者334名、負傷者14,994名
枕崎台風
1945年(昭和20年).9.11-9.20、最大865hPa、最大風速51.3m/s(上陸時)
死者2,473人・行方不明者1,283人・負傷者2,452人
カスリーン台風
1947年(昭和22年)9月、利根川の大出水。浸水家屋303,160 戸、家屋流失倒壊5,736 戸。
伊勢湾台風
1959年9.26 和歌山県潮岬に上陸し、紀伊半島から東海地方を中心に暴風や高潮による甚大な被害をもたらした。過去の台風災害の中で唯一、死者行方不明者5,000人超える人的被害が発生。 被災した家屋も500,000棟以上にのぼる。
長崎豪雨
1982.7.23、長崎県琴海町長浦岳(ながうらだけ)最大1時間降水量153ミリ

1997(平成9)年の台風

日本に接近したのは15個で、うち上陸は4個。
台風13号(1997.8.9.21:00)太平洋北西部に発生。1997.8.20 09:00消滅。915hPa、最大風速50m/s。
台風16号
910hPa, 110kt (10分間平均)。
台風23号・24号(1997.12.22)905hPa, 105kt(10分間平均)

2004年の台風

太平洋北西部で発生した熱帯低気圧。日本に接近した19個のうち10個(4号・6号・10号・11号・15号・16号・18号・21号・22号・23号)が日本に上陸。
総死亡者数2,073人、総被害額1.81 億ドル
平成16年台風16号
2004.8.19 21:00~8.31 15:00
910hPa, 155 knot。鹿児島県串木野市(現在のいちき串木野市)付近に大型で強い勢力(中心気圧950hPa)で上陸し、九州を縦断した。死者行方不明者17人、負傷者269人。

竜巻・豪雨

広島市の土砂災害
2014(平成26).8.20、死者77人
線状降水帯が発生し、3時間降水量は200ミリを超え、同時多発的に大規模な土石流が発生した。
関東・東北豪雨
2015(平成27年).9月、床下浸水3,358件、床上浸水168件、
鬼怒川では、下流部左岸の茨城県常総市三坂地区で決壊。
竜巻
巨大な積乱雲が、海岸近くの平野に乗り上げた時に水平方向の風速が回っていると連結し、発生。
2025年9月中旬群発
線状降水帯
次々と発生する発達した雨雲(積乱雲)が列をなし数時間にわたってほぼ同じ場所を通過または停滞することで作り出される、長さ50~300km程度、幅20~50km程度の線状に伸びる強い降水域を線状降水帯といいます。
モンスーンからの水蒸気は高度3~4キロに、高気圧からは高度1キロ近くに流れ込み、二つの水蒸気が重なり合うことになる。 その結果、暖かく湿った空気層が縦に長く作られて大気の状態が不安定となり、各地で線状降水帯が発生する。積乱雲が次々と発生・発達し、線状に連なっていく現象を「バックビルディング」と呼ぶ。九州北部では、このバックビルディングが起こりやすい地形的な条件が揃っているため、線状降水帯が発生しやすい。
2025年8-9月中旬群発

気流の変化

季節風(モンスーン)
近年、夏でもアジア大陸からの高温の風が吹く。
ジェット気流
偏西風は、地球の周りを西から東へ吹く風のこと。この風は、地球の自転と南北の温度差によって発生し、天気や気候に大きな影響を与える。
北緯30~60度付近の中緯度帯の上空。強い場所では秒速70~80mにも達する。特に、上空10km付近を吹く強い西風を指し、ジェット気流とも呼ばれる。

黒潮大蛇行

大蛇行は、長期化している。2020年以降、熊野灘から遠州灘付近でS字を描くように北上している。
冷水渦
黒潮は通常、日本列島の南岸に沿って東へ流れるが、九州南東沖で発生する冷水渦(反時計回りの渦)が、黒潮の流れを押し戻すように作用する。
流路が、紀伊半島南端の潮岬から離岸し、東海沖での際南下点緯度32度より南に。
伊豆海嶺という海底山脈にぶつかり、渦になる。この渦に黒潮がはじき出されるように蛇行する。
一方、冷水渦の北では渦に巻き込まれる形で黒潮の分岐流が流れ込むため、関東・東海沿岸では例年より水温が高くなった(例年より2〜3度上昇)。このような海の変化のため、黒潮大蛇行時には、1)高潮が起こりやすい、2)東京で南岸低気圧による雪が降りやすい、3)関東で蒸し暑い夏になる、4)生態系.・漁が変調を起こすなどの影響がある。
黒潮の爆弾低気圧
この爆弾低気圧の集中が黒潮下流の北東太平洋上で強い偏西風の流れ(「ジェット気流」)を南北に蛇行させ、そのことが北米西岸とハワイ諸島付近の降水量に影響する。